AI生成コンテンツ納品後の権利処理:クライアントによる改変・利用を想定した契約実務
はじめに:クライアントワークにおけるAI生成コンテンツの広がりと課題
近年、コンテンツ制作の現場において、AIツールを活用する機会が急速に増えています。文章、画像、動画、音楽など、様々な種類のコンテンツ生成にAIが利用されており、制作コストや時間の削減、表現の多様化に貢献しています。特にクライアントから制作業務を受託している場合、AIを効果的に活用することで、競争力の強化につながる可能性があります。
しかし、AI生成コンテンツの著作権に関する法的な取り扱いは、発展途上の段階にあります。コンテンツをクライアントに納品した後、そのコンテンツの著作権がどのように扱われるのか、クライアントが自由に改変したり、当初想定していなかった二次利用を行ったりした場合の権利関係はどうなるのか、といった点は、しばしば課題となります。
本記事では、AI生成コンテンツをクライアントに納品する際に生じうる、納品後の権利処理、特にクライアントによる改変や二次利用を想定した著作権上の注意点と、それらを明確にするための契約実務のポイントについて解説します。
AI生成コンテンツの著作権処理の基本原則
まず、AI生成コンテンツの著作権がどのように発生し、誰に帰属する可能性があるのか、基本的な考え方を確認します。
日本の著作権法において、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(著作権法第2条第1項第1号)。そして、著作権は原則として「著作者」に帰属します(同法第17条)。著作者とは、著作物を創作した者を指しますが、AI「自身」が著作者となることは現在の日本の法解釈では認められていません。著作権の主体は、あくまで人間であると考えられています。
したがって、AIを用いてコンテンツを生成した場合、そのコンテンツに著作物性が認められるか、そして著作物性が認められるとして誰が著作者となるのかが問題となります。この点は、AIの利用方法、すなわち人間がどの程度創作に関与したかによって判断が分かれます。
- 人間が主体的に創作に関与し、AIはそのツールとして利用されたに過ぎない場合: プロンプトの工夫、試行錯誤、生成結果の選択・修正など、人間の創作的な寄与が大きい場合は、人間(クリエイター)が著作者となり、著作権を取得すると解釈されることが一般的です。
- AIが自律的に生成し、人間はほとんど関与しない場合: 生成されたコンテンツに著作物性が認められるかどうかも不明確であり、著作物性が認められたとしても、誰に権利が帰属するのかは議論の余地があります。現時点では、この場合における著作権保護は難しいと考えられています。
クライアントワークで納品するコンテンツは、通常、クライアントの具体的な要望に基づいて、クリエイターがAIツールを駆使して生成し、選択・調整・修正を加えて完成させるものです。したがって、多くの場合、制作会社またはその従業員に著作権が原始的に帰属すると考えられます。
クライアントへの権利譲渡・利用許諾:契約での明確化が鍵
制作会社がAI生成コンテンツの著作権を原始的に取得した場合、そのコンテンツをクライアントが利用するためには、著作権をクライアントに譲渡するか、またはクライアントに利用を許諾する必要があります。この権利処理の内容を、クライアントとの間の契約(業務委託契約、制作請負契約など)で明確に定めることが、納品後のトラブルを避けるために極めて重要です。
契約で定めるべき主な権利処理の形態
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著作権の完全譲渡: 制作会社が取得した著作権を、クライアントに全て譲渡する形態です。この場合、納品後のコンテンツに関する著作権はクライアントに帰属し、クライアントは原則として自由にそのコンテンツを利用、改変、二次利用することができます。ただし、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権など)は著作者(クリエイター個人または制作会社)に留保されるのが原則です。契約で著作者人格権を行使しない旨を定めることも多いですが、その有効性や解釈には注意が必要です。 著作権を完全譲渡する場合、クライアントによる納品後のあらゆる利用を想定し、それに見合う対価が支払われるべきか、慎重に検討が必要です。
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著作物の利用許諾(ライセンス): 制作会社が著作権を保持したまま、クライアントに対し、特定の範囲でコンテンツを利用することを許諾する形態です。利用許諾の範囲は、契約によって自由に定めることができます。
- 利用目的・媒体の限定: 特定のキャンペーンでのウェブサイト掲載のみ、社内資料としてのみなど、利用目的や掲載媒体を限定することができます。
- 利用期間の限定: 1年間のみ利用可能など、期間を限定することができます。
- 改変の許諾範囲: 軽微な修正のみ許諾、または大幅な改変も許諾するなど、改変の範囲を具体的に定める必要があります。改変を許諾しない場合は、著作者人格権のうち同一性保持権により、クライアントは勝手にコンテンツを改変できません。
- 二次利用の許諾範囲: 当初の目的とは異なる利用(例:ウェブサイト掲載用に制作した画像をパンフレットにも使用する、など)を許諾するかどうか、許諾する場合の範囲を定めます。
クライアントが納品後にコンテンツを改変したり、当初想定していなかった用途で二次利用したりする可能性がある場合は、著作権の完全譲渡とするか、利用許諾とする場合でも、改変や二次利用を含む利用範囲を契約で具体的に、かつ明確に定める必要があります。
クライアントによる納品後の改変と著作権
クライアントが納品されたAI生成コンテンツを改変した場合、その改変行為や改変されたコンテンツの著作権はどうなるでしょうか。
- 元のコンテンツの著作権: 改変された後も、元のAI生成コンテンツに関する著作権は、契約で定められた帰属主体(制作会社またはクライアント)に引き続き帰属します。
- 改変された部分の著作権: クライアントが元のコンテンツに手を加え、そこにクライアント自身の創作性が認められる場合、改変された部分はクライアントの著作物となる可能性があります。元のコンテンツの著作権と、改変部分の著作権が併存することになります。
- 同一性保持権: 制作会社に著作者人格権が留保されている場合、クライアントが納品物を勝手に改変することは、著作者の同一性保持権(著作物の内容又は題号を自分の意に反して改変されない権利)を侵害する可能性があります(ただし、学校教育の目的上必要と認められる改変など、例外規定もあります)。契約で改変の許諾範囲を明確に定めることで、この権利の行使との関係を整理することが望ましいです。
したがって、クライアントによる納品後の改変を想定する場合、契約において「クライアントは、本著作物について、利用許諾の範囲内において、修正、切除その他の改変を行うことができる」といった条項を盛り込むとともに、その「利用許諾の範囲」で改変の程度や目的を具体的に定めておくことが重要です。改変したコンテンツの著作権が誰に帰属するかについても、併せて定めておくとより明確になります。
クライアントによる納品後の二次利用と著作権
クライアントが、納品されたAI生成コンテンツを当初の目的以外の用途や媒体で利用する、いわゆる二次利用を行う可能性もあります。
元のコンテンツの著作権が制作会社に留保されている場合、クライアントが許諾された範囲を超えてコンテンツを利用することは、著作権(複製権、公衆送信権など)侵害となり得ます。著作権をクライアントに譲渡している場合は、原則として自由に二次利用が可能ですが、前述の著作者人格権には留意が必要です。
クライアントがどのような用途でコンテンツを利用する可能性があるか、事前にヒアリングし、想定される二次利用についても契約で利用許諾の範囲を明確に定めておくことがトラブル防止につながります。「本著作物は、〇〇(媒体・用途)での利用を目的とする」といった目的規定に加え、「上記目的以外での利用については、別途協議のうえ、追加の対価を定めて許諾する」といった条項や、「本著作物の二次利用については、△△(具体的な二次利用の範囲)に限り許諾する」といった条項を盛り込むことが考えられます。
契約書に盛り込むべき具体的な項目例
クライアントへのAI生成コンテンツ納品に関する契約では、以下の項目を明確に定めることが推奨されます。
- 著作権の帰属: 制作会社に原始的に帰属すること、およびクライアントへの譲渡または利用許諾の形態(完全譲渡か利用許諾か)を明確に記載します。
- 利用許諾の範囲(利用許諾の場合): 利用目的、利用媒体、利用期間、利用地域などを具体的に定めます。
- 改変の許諾範囲: 改変の可否、改変が可能な場合の範囲、改変後の著作権の取り扱いなどを定めます。著作者人格権を行使しない旨を定める場合も、その内容と範囲を明確にします。
- 二次利用の許諾範囲: 二次利用の可否、可能な場合の媒体、期間、目的などを定めます。
- 対価: 著作権の譲渡や利用許諾の対価、および追加の利用や改変に対する追加の対価について定めます。
- 権利侵害に関する保証: 納品するコンテンツが第三者の著作権その他の権利を侵害しないものであることを保証する旨を定めます。万が一、侵害が発生した場合の責任範囲や対応についても定めておくことが望ましいです。
- 秘密保持: 制作過程で得たクライアントの秘密情報や、プロンプトなどの制作手法に関する情報の取り扱いについて定めます。
実務上の注意点
- AIツール利用規約の確認: 利用しているAIツールの利用規約において、生成されたコンテンツの著作権がどのように扱われているか、商用利用や改変が許諾されているかなどを事前に確認し、クライアントへの権利譲渡や利用許諾が可能であることを確認してください。利用規約によっては、生成物の著作権がツール提供者にあるとされていたり、特定の利用制限があったりする場合があります。
- プロンプトなどの制作情報の管理: 誰が、いつ、どのようなプロンプトを用いてAI生成コンテンツを制作したか、どの生成結果を選択・修正したかなどの情報を記録、管理することは、著作権の帰属を証明する必要が生じた場合に役立つ可能性があります。
- クライアントとの丁寧なコミュニケーション: クライアントが納品物をどのように利用したいのか、将来的にどのような可能性があるのかを事前にしっかりとヒアリングし、契約で定めるべき事項について丁寧に説明し、認識を共有することが重要です。
- 契約書の専門家への相談: AI生成コンテンツの著作権に関する契約は複雑であり、将来起こりうる様々なケースを想定して条項を作成する必要があります。必要に応じて、著作権法に詳しい弁護士などの専門家に相談することを検討してください。
まとめ
クライアントワークにおいてAI生成コンテンツを利用する場合、納品後の権利処理、特にクライアントによる改変や二次利用に関する著作権上の問題は、予見されるリスクです。これらの問題を回避し、円滑なビジネスを行うためには、著作権の帰属、利用許諾の範囲、改変や二次利用の取り扱いなどについて、クライアントとの間で締結する契約書において、明確かつ具体的に定めることが不可欠です。
AI技術は進化し続けており、著作権法の解釈や関連する議論も今後変化していく可能性があります。常に最新の情報に留意しつつ、実務におけるリスク管理と権利保護のための具体的な対応を進めていくことが求められます。明確な契約は、クライアントとの信頼関係を構築し、双方にとって安心してビジネスを進めるための基盤となります。