AI生成コンテンツの改変権をどう扱うか:許諾、制限、契約のポイント
はじめに:AI生成コンテンツの「改変」という課題
AI技術の進化により、多様なコンテンツが容易に生成できるようになりました。これらのAI生成コンテンツは、そのまま利用されるだけでなく、しばしば人間の手や他のAIツールによって加筆・修正、あるいは全く異なる形に加工(以下、「改変」といいます)されることがあります。
クリエイターやコンテンツ制作に携わる方々にとって、自ら作成したAI生成コンテンツの改変を許諾する場合や、他者が作成したAI生成コンテンツを改変して利用する場合など、様々な場面で「改変権」という著作権上の概念が関わってきます。特にビジネスでAI活用を進める上で、この改変を巡る権利関係を曖昧なままにしておくと、予期せぬ法的トラブルに発展するリスクがあります。
本記事では、AI生成コンテンツにおける改変権の基本的な考え方、改変を許諾または制限する際に考慮すべき法的注意点、そして適切な契約によって権利関係を明確にするための実践的なポイントについて解説します。
AI生成コンテンツと著作権、そして「改変権」
まず、AI生成コンテンツの著作権について簡単に触れておきましょう。現行の日本の著作権法においては、「著作物」は「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義され、その「著作者」は原則として「著作物を創作する者」である人間であると解釈されています。
したがって、AIが自律的に生成したコンテンツが直ちに著作物として認められるかは、その生成過程における人間の創作的寄与の度合いによって判断されることが一般的です。プロンプトの入力、生成されたコンテンツの選択・修正・加筆など、人間に創作意図があり、かつ創作的な表現行為が認められる場合に、その人間が著作権(著作者人格権および著作権(財産権))を取得すると考えられています。
著作権の一つに「翻案権」(著作権法27条)があります。これは、著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、脚色し、映画化し、その他翻案する権利を指します。翻案とは、既存の著作物に依拠しつつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現形式を改変することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為と解釈されています。この翻案権が、いわゆる「改変権」の根拠となる権利の一つです。
つまり、著作権を持つ者は、自己の著作物を他者が勝手に改変することを禁止でき、他者が改変を行うためには原則として著作権者の許諾が必要となります。
改変を許諾する際に検討すべき法的ポイント
自社が権利を持つAI生成コンテンツ(人間の創作的寄与が認められ、著作物性が肯定される場合)の改変を、クライアントや第三者に許諾する際には、以下の点について慎重に検討する必要があります。
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著作物性の確認と権利帰属の明確化:
- 対象となるAI生成コンテンツが著作物として保護されるか、その根拠(人間のどのような創作的寄与があるか)を確認します。
- その著作権が誰に帰属するかを明確にします。自社か、共同制作者がいるか、外部委託で権利譲渡を受けているかなどです。権利帰属が不明確なコンテンツの改変を許諾することは、後々トラブルの原因となります。
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許諾の範囲と条件の特定:
- どのような種類の改変を許諾するのか(例:サイズ変更のみか、色調補正か、要素の追加・削除か、内容の変更かなど)、具体的な改変の範囲や程度を明確にします。
- 改変後のコンテンツをどのような目的で利用することを許諾するのか(例:自社ウェブサイトのみ、販促物全般、商品化など)、利用目的や利用方法、期間、地域なども特定します。
- 許諾の対価(有償か無償か)や支払い条件なども明確にします。
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著作者人格権への配慮:
- 著作者人格権には、氏名表示権(著作物に氏名を表示するかしないか、表示する場合の氏名や表示方法を決定できる権利)や、同一性保持権(著作物の内容又は題号を自己の意に反して変更、切除その他の改変を受けない権利)などがあります。
- AI生成コンテンツにおいて人間の著作者がいる場合、その著作者はこれらの権利を有します。改変を許諾する行為は、しばしば同一性保持権との関係で問題を生じさせることがあります。例えば、原作の名誉や声望を害する方法での改変は、同一性保持権を侵害する可能性があります。
- 許諾契約において、改変によって生じうる著作者人格権への影響について考慮し、可能な範囲で対応(例:著作者人格権を行使しない旨の特約など)を検討する必要があります。ただし、著作者人格権は譲渡できない権利であり、その性質上、完全に放棄させることは難しい場合もあります。
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二次的著作物の権利帰属:
- 改変によって、元のAI生成コンテンツを翻案した「二次的著作物」が創作されることがあります。この二次的著作物の著作権が誰に帰属するのか(改変を許諾した側か、改変を行った側か、あるいは共有とするのか)を契約で明確に定めることが極めて重要です。
- 二次的著作物の利用に関する権利関係(元の著作権者の許諾が必要かなど)についても定めておく必要があります。
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AIツールや学習元に関する注意:
- 利用したAIツールの利用規約やライセンスを確認し、生成したコンテンツの改変・二次利用に関する制限がないかを確認します。ツールによっては、生成物の利用方法に制限がある場合があります。
- 元のAI生成コンテンツが、既存の著作物(学習データに含まれるものなど)に依拠している可能性も考慮します。改変によってその依拠性が顕著になる、あるいは依拠していない部分まで改変されてしまう、といったリスクもゼロではありません。
改変許諾に関する契約条項の具体例
改変許諾を含むライセンス契約や業務委託契約などで、権利関係を明確にするためには、以下の要素を契約条項に盛り込むことを検討してください。
- 許諾内容の定義:
- 「本著作物」(許諾対象のAI生成コンテンツ)を特定する。
- 許諾する「改変」の範囲・種類・程度を具体的に定義する(例:「本著作物のサイズ調整、解像度変更、色調補正、および差分生成AIを用いた表現スタイルの変更を許諾する。ただし、本著作物の主題や主要な要素を変更する改変、ならびに著作者の名誉又は声望を害するような改変は含まないものとする」)。
- 改変後の「二次的著作物」の定義。
- 権利許諾の条項:
- 許諾する権利が翻案権(改変権)であることを明記する。
- 改変後の二次的著作物を利用する権利(複製権、公衆送信権など)も合わせて許諾するのかを定める。
- 許諾の目的、期間、地域、利用媒体などを限定的に列挙する。
- 二次的著作物の権利帰属:
- 「二次的著作物の著作権は、本契約の締結と同時に、全て甲(許諾者)に帰属するものとする」または「乙(被許諾者)に帰属するものとする」あるいは「甲乙の共有とする」など、明確に定める。
- 共有とする場合は、持分、利用条件、第三者への許諾条件なども詳細に定める。
- 著作者人格権に関する条項:
- 可能な範囲で「乙は、本著作物及び二次的著作物について、著作者人格権を行使しないものとする」といった不行使特約を盛り込むことを検討する。ただし、この特約がどこまで有効かは法的な検討が必要な場合があるため、専門家への相談も視野に入れます。
- 少なくとも、著作者の名誉・声望を害するような改変を行わない義務を課すことは重要です。
- 保証条項:
- 許諾する側は、自らが本著作物に関する正当な権利を有しており、第三者の権利を侵害していないことを保証する。
- 改変を行う側は、許諾された範囲を超えた改変を行わないこと、および改変によって第三者の権利(学習元データの著作権など)を侵害しないように最大限の注意を払うことを保証する。
- 責任範囲:
- 改変によって生じたトラブル(例:改変後のコンテンツが第三者の権利を侵害した)に関する責任がどちらにあるかを明確に定める。
これらの条項はあくまで一般的な例であり、個別の契約内容やコンテンツの種類(画像、文章、音楽など)によって調整が必要です。特に、AI生成コンテンツの場合、その著作物性や著作者の特定が常に明確とは限らないため、不確実性があることを前提としたリスク分担の考え方も重要になります。
実務上のチェックリストとトラブル防止策
AI生成コンテンツの改変を許諾する前に、以下の点をチェックリストとして活用し、トラブルを未然に防ぐための対策を講じましょう。
改変許諾前チェックリスト
- [ ] 改変対象のAI生成コンテンツの著作物性は明確か?(人間の創作的寄与はあるか)
- [ ] 当該コンテンツの正当な著作権者は自社か、または自社が許諾する権限を有しているか?(契約書や権利譲渡証明書を確認)
- [ ] 著作者(人間)は特定されており、その著作者人格権について考慮したか?
- [ ] 利用したAIツールの利用規約に、生成物の改変・二次利用に関する制限はないか?
- [ ] 許諾する改変の範囲・種類・程度は具体的に特定できるか?
- [ ] 改変後の利用目的、期間、地域、媒体などを明確に限定できるか?
- [ ] 改変によって生じる二次的著作物の著作権の帰属先をどうするか決定したか?
- [ ] 二次的著作物の利用条件についても検討したか?
- [ ] 著作者人格権の不行使特約や、名誉・声望を害する改変を行わない義務付けを契約に含めるか検討したか?
- [ ] 改変に起因する将来的なトラブル発生時の責任範囲について検討したか?
- [ ] 契約書案に上記の検討結果が適切に反映されているか?
トラブル防止のための対策
- 契約前の丁寧なコミュニケーション: 改変の意図、希望する改変の具体的な内容、改変後の利用方法などについて、許諾相手と十分に話し合い、誤解がないようにします。特に、許容できる改変の範囲について、具体的な例を示すなどしてすり合わせを行います。
- 契約内容の書面化と明確化: 口頭での約束ではなく、必ず書面(契約書)によって権利関係、許諾範囲、責任範囲などを明確に定めます。曖昧な表現は避け、誰が読んでも同じ解釈になるよう具体的に記述します。
- 権利帰属の証明資料の整備: 元となるAI生成コンテンツが自社の著作物であることを証明できる資料(プロンプト入力記録、生成過程の記録、人間の加筆・修正内容、社内での検討過程の記録など)を可能な範囲で整備しておきます。
- 定期的な確認: 長期間にわたる許諾の場合、改変後のコンテンツが許諾範囲を超えて利用されていないか、定期的に確認することも検討します。
- 専門家への相談: 複雑なケースや不明点がある場合は、著作権に詳しい弁護士や弁理士などの専門家に相談することを推奨します。特に、二次的著作物の権利帰属や著作者人格権に関する条項は専門的な判断が必要になる場合があります。
まとめ:AI生成コンテンツの改変は、契約によるリスク管理が鍵
AI生成コンテンツの改変は、新たな価値を創造する一方で、著作権を巡る複雑な問題を引き起こす可能性があります。特に、改変権や著作者人格権、そして二次的著作物の権利帰属については、現行法におけるAI生成物の扱いの不確実性も相まって、慎重な対応が求められます。
自社が権利を持つAI生成コンテンツの改変を他者に許諾する場合、あるいは他者のAI生成コンテンツを改変して利用する場合のいずれにおいても、最も重要なのは、関係者間で権利の範囲、許諾の条件、責任範囲などを明確に合意し、これを契約書として具体的に定めることです。
本記事で解説したポイントやチェックリストを参考に、AI生成コンテンツの改変に関する法的リスクを適切に管理し、安全かつ円滑なコンテンツ利用・流通を実現するための一助としていただければ幸いです。不明な点については、必ず専門家にご相談ください。