AI生成コンテンツの類似性判断:著作権侵害となる境界線と実務の留意点
AI生成コンテンツと類似性の問題提起
AI技術の発展に伴い、画像、文章、音楽など、多岐にわたるコンテンツが生成可能となりました。これらのAI生成コンテンツをビジネスで活用する機会が増える一方で、懸念されるのが著作権侵害のリスクです。特に、AIが学習したデータや、既存の作品と「似ている」コンテンツを生成してしまった場合に、著作権侵害となるのか、その「類似性」はどのように判断されるのか、といった疑問が生じます。
コンテンツ制作に携わる方々にとって、著作権侵害は訴訟や損害賠償請求といった重大なリスクにつながる可能性があります。自社が制作したAI生成コンテンツが侵害とならないよう、また、他社のAI生成コンテンツを利用する際にリスクを適切に評価できるよう、「類似性」に関する著作権法の考え方と実務上の留意点を理解しておくことは非常に重要です。
著作権侵害における「類似性」判断の基本
著作権侵害が成立するためには、一般的に以下の二つの要件を満たす必要があるとされています。
- 依拠性: 侵害行為者が、既存の著作物(他人の作品)を知っていて、それを自己の作品の中に用いたこと。簡単に言えば、「真似する意図や知っている上で利用した」ことと言えます。
- 類似性: 侵害行為者の作品が、既存の著作物の「表現」と客観的に類似していること。アイデアや事実そのものではなく、創作的な「表現」の類似性が問われます。
本記事では、この「類似性」判断に焦点を当てます。特にAI生成コンテンツの場合、「依拠性」が問題となるケースも多いですが(例:AIが学習データから特定の作品を再現してしまう、ユーザーが特定の作品に似せる指示を与える)、まず客観的な類似性が存在するかどうかが議論の出発点となります。
「類似性」とは何を指すのか
著作権法が保護するのは、アイデアではなく「表現」です。したがって、「類似性」は、著作物において思想または感情を創作的に表現した部分、すなわち「表現形式」が類似しているかどうかが判断の中心となります。
単に素材が同じである(例:猫の写真、特定の歴史的事実に関する文章)とか、ありふれた表現(例:一般的な挨拶文、定型的な図形)が共通しているというだけでは、通常、著作権法上の「類似性」があるとはみなされません。重要なのは、その著作物の「本質的な特徴」や「独創的な部分」が、他方の作品にも引き継がれているか、ということです。
AI生成コンテンツにおける「類似性」判断の難しさ
AI生成コンテンツの場合、従来の著作物とは異なる要因が「類似性」判断を複雑にすることがあります。
- 学習データの影響: AIは大量のデータを学習してコンテンツを生成します。この学習データの中に特定の著作物が含まれている場合、意図せずその作品に似た、あるいは酷似したコンテンツを生成してしまう可能性があります。この場合、AIの出力自体に「依拠性」があるとは言い難い(AIは意識を持って既存作品を真似るわけではない)一方で、結果として高い「類似性」が生じることがあります。
- スタイルやパターンの類似: 特定の芸術家のスタイルや、特定のジャンルの音楽パターンなど、より抽象的な「スタイル」や「パターン」の類似が生じやすい傾向があります。しかし、スタイルやパターン自体はアイデアに近い側面もあり、どこまでが保護されるべき「表現」とみなされるかは難しい問題です。
- 偶然の一致: 確率的に、既存の膨大な作品群の中から、偶然ある特定の作品と類似したコンテンツが生成されてしまう可能性もゼロではありません。
これらの要因を踏まえ、AI生成コンテンツの「類似性」を判断する際には、より慎重な検討が求められます。
実務で考慮すべき類似性判断の視点
法的な判断は最終的には裁判所が行いますが、実務家としてAI生成コンテンツの類似性を評価する際に考慮すべき視点として、以下のような点が挙げられます。
- 全体的な印象: 二つの作品を並べて見たときに、全体の構成、雰囲気、主要な要素の配置などがどの程度似ているか。個々の細部だけでなく、総合的な印象も重要な要素となり得ます。
- 本質的な特徴・独創的な部分: その著作物において最も創作性が認められる、独自の表現部分がどの程度類似しているか。例えば、特徴的なフレーズ回し、独特の色彩構成、珍しい構図などが挙げられます。ありふれた要素(例:人物の一般的なポーズ、よく使われる単語の組み合わせ)が共通しているだけでは、類似性は低いと判断される可能性が高いです。
- アイデアと表現の区別: 類似している部分が、アイデア(テーマ、モチーフ、プロットなど)にとどまるのか、それともそのアイデアを具体的に表現した部分(ストーリー展開の細部、具体的な描写、メロディーラインなど)に及んでいるのかを見極める必要があります。著作権が保護するのは後者の「表現」です。
- 創作の幅と選択の自由度: そのジャンルや表現形式において、創作上の選択肢がどの程度存在するかも考慮されます。例えば、非常に写実的な風景画を描く場合、対象が同じであればある程度の類似は避けられません。一方、抽象的な絵画や独創的なキャラクターデザインなど、表現の自由度が高い分野での類似は、侵害と判断される可能性が高まる傾向にあります。AI生成コンテンツの場合、使用するプロンプトや設定によって表現の幅が大きく変わるため、どの程度まで選択肢があったのか、という視点も関連してくる可能性があります。
- 学習データやプロンプトの影響の可能性: AIが学習したデータや、ユーザーが入力したプロンプトが類似性の原因となっている可能性がないか、技術的な側面からの検討も将来的には重要になるかもしれません。ただし、現在の法解釈においては、生成されたコンテンツ自体の「表現」の類似性が直接的に問われます。
侵害となる「境界線」はどこにあるか
「どの程度の類似性があれば著作権侵害となるか」について、法律で明確な基準が数値などで定められているわけではありません。最終的には、上記の様々な視点を総合的に考慮し、個別の事案ごとに裁判所の判断に委ねられます。
過去の裁判例の傾向としては、単なる漠然とした類似ではなく、著作権法によって保護されるべき「創作的な表現」が、実質的に同一と評価できるほどに類似している場合に、侵害が認められることが多いです。つまり、偶然の一致やアイデアレベルの類似、ありふれた表現の共通は、通常、侵害とはみなされません。しかし、AI生成コンテンツのように、既存作品のスタイルや特徴的なパターンを再現しやすい技術では、どこまでが許容範囲内か判断が難しくなるケースも増えると考えられます。
実務上の留意点
AI生成コンテンツの類似性問題を巡るリスクを回避し、適切に対応するために、実務で留意すべき点をまとめます。
- 自社コンテンツ制作時のリスク回避策:
- 制作工程の記録: AIへの指示(プロンプト)、生成された複数の候補、人間による修正・加筆の具体的な内容、最終的な成果物に至るまでの経緯などを詳細に記録しておくことは、「依拠性がない」ことや「人による十分な創作的寄与がある」ことを証明する上で有力な証拠となり得ます。
- 生成結果の多様性の検討: AIに同じプロンプトを与えても異なる結果が得られる場合があります。複数の生成結果を確認し、既存の著名な作品に明らかに類似しているものがあれば、その利用を避ける、あるいは大幅な修正を加えるといった判断が必要です。
- 参照元の確認: 特に、特定のスタイルや既存の作品を参考にしようとする場合は、著作権上の問題がないか、参照の範囲は適切かなどを慎重に検討する必要があります。AIツールによっては、学習データに関する情報や、類似性をチェックする機能を備えている場合もありますので、利用規約や機能を確認すると良いでしょう。
- 他社コンテンツの利用検討時の確認事項:
- 類似性のチェック: 利用したいAI生成コンテンツが、既存の著作物と類似していないか、可能な範囲で確認を行います。特に、広く知られた作品との類似性がないかは注意が必要です。
- 利用許諾の確認: AIツールやプラットフォームの利用規約、コンテンツの提供者が定めたライセンス(例:CCライセンス)などを確認し、そのコンテンツをどのような条件で利用できるのか(商用利用の可否、改変の可否、表示義務など)を明確に理解します。
- 侵害を疑われた場合の対応:
- 類似性の検証: 権利者から侵害を指摘された場合は、まずは指摘されたコンテンツと自社のAI生成コンテンツの間に、客観的な類似性があるか、どのような部分が類似しているのかを冷静に検証します。上記の類似性判断の視点を参考に、法的に保護される「表現」の類似があるかを検討します。
- 専門家への相談: 類似性判断は専門的な知識を要する場合が多く、自社のみで判断することは困難です。著作権に詳しい弁護士や弁理士といった専門家に早期に相談し、法的なアドバイスを求めることが不可欠です。
- 契約における類似性条項の検討:
- クライアントとの契約や、AIツール・コンテンツ提供者との契約において、生成されるコンテンツの類似性に関する責任範囲や保証内容について、可能な範囲で明確な条項を設けることを検討します。例えば、「生成されたコンテンツが第三者の著作権を侵害しないことを保証する」といった条項や、侵害が発覚した場合の対応や責任分担に関する条項などです。
まとめ
AI生成コンテンツの著作権侵害における「類似性」判断は、従来の著作物と同様に「表現の類似」が中心となりますが、AI特有の要因により判断が複雑になるケースが増えています。法的な「境界線」は個別の事案によって異なり、明確な線を引くことは困難です。
このような不確実性に対応するためには、コンテンツ制作に関わる実務家が、著作権侵害における「類似性」の基本的な考え方と、実務で考慮すべき視点を理解しておくことが重要です。そして、自社での制作時には著作権侵害のリスクを可能な限り低減するための対策(記録、多様性の確認など)を講じ、他社コンテンツを利用する際は利用条件をしっかり確認すること、万が一侵害を指摘された場合には迅速に専門家へ相談することが、法的なトラブルを回避し、ビジネスを安定的に継続していくための鍵となります。
AI技術は進化し続け、著作権法やその解釈もそれに合わせて変化していく可能性があります。常に最新の動向に注意を払いながら、柔軟な対応を心がけていくことが求められます。