著作権がない?AI生成コンテンツのパブリックドメインに関する法的視点と利用実務
はじめに
AI技術の進化により、多種多様なコンテンツが生成されています。画像、文章、音楽、動画など、その種類は広がりを見せ、ビジネスにおける活用も急速に進んでいます。しかし、これらのAI生成コンテンツの著作権については、まだ法的な議論や解釈が確立されていない部分が多く存在します。
特に、AIが単独で生成した、または人間の創作的な寄与が認められにくいコンテンツは、日本の著作権法上の「著作物」に該当しない可能性があると指摘されています。では、もしAI生成コンテンツが著作物でないと判断された場合、それはパブリックドメインとして扱われ、誰でも自由に利用できるのでしょうか。
本記事では、AI生成コンテンツが著作物とならないケースに焦点を当て、それがパブリックドメインとなり得るのか、そして、著作物性がないAI生成コンテンツをビジネスで利用・公開する際に、どのような法的視点や実務上の注意点があるのかについて解説します。
パブリックドメインとは何か
パブリックドメインとは、著作権やその他の排他的な権利が消滅した、あるいは初めから存在しない知的創作物の状態を指します。パブリックドメインとなった著作物は、権利者の許諾なく、誰でも自由に複製、改変、配布、公衆送信などを行うことができます。
著作物がパブリックドメインとなる主なケースとしては、以下のようなものがあります。
- 著作権の保護期間が満了した場合: 多くの国では、著作者の死後、一定期間(日本では原則として70年)を経過すると著作権が消滅します。
- 著作権者が権利を放棄した場合: 明示的に著作権を放棄することで、著作物をパブリックドメインとすることがあります。ただし、日本法において著作権の放棄がどのように扱われるかについては議論があります。
- 権利保護の対象とならない創作物: 著作権法によって保護される「著作物」の定義に該当しないものや、特定の法律で権利保護の対象外と定められているものなどです。
AI生成コンテンツが著作物とならないケース
日本の著作権法において、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法第2条第1項第1号)と定義されています。ここで重要となるのが、「思想又は感情の創作的表現」であり、これは通常、「人間の創作的寄与」を伴うものと解釈されています。
したがって、AIが自律的にコンテンツを生成し、その生成プロセスに人間の思想や感情、創作的な意図がほとんど介在していないと判断される場合、そのAI生成コンテンツは著作物として認められない可能性があります。例えば、大量のデータを機械的に処理して生成されただけのコンテンツや、人間が特定の指示(プロンプト)を与えたとしても、その指示が極めて抽象的であり、生成されるコンテンツの内容や表現形式に人間の創作性が反映されていないと見なされるケースなどが考えられます。
経済産業省の「AI・データに関する契約ガイドライン」などにおいても、AIが生成した成果物が著作物に該当するかどうかは、創作への人間の関与の度合いによって判断されるという考え方が示されています。人間の関与が少ない、あるいは全くないAI単独での生成物は、著作物とは認められない可能性が高いとされています。
著作物性がないAI生成コンテンツはパブリックドメインか
AI生成コンテンツが日本の著作権法上の著作物ではないと判断された場合、それは著作権法による保護の対象外となります。つまり、著作権者という概念が存在せず、著作権侵害となるような利用行為(複製、改変など)は発生しません。
この状態は、ある意味でパブリックドメインと類似しています。なぜなら、著作権が存在しないため、誰でも自由にそのコンテンツを利用できるからです。しかし、「著作物性がない」ことと「パブリックドメインである」ことは、法的には厳密には異なる概念です。パブリックドメインは、多くの場合、かつて著作物であったものが保護期間満了などで権利が消滅した状態を指すか、あるいは権利者が積極的に放棄した状態を指します。
AI生成コンテンツが著作物でないと判断された場合、それは最初から著作権法による保護の対象ではなかった、ということになります。これは、法律上の権利保護が及ばない創作物である、という位置づけになります。結果として、誰でも自由に利用できる点ではパブリックドメインと同様の効果を持ちますが、その法的根拠は異なります。
重要な点は、著作物性がないAI生成コンテンツは、著作権法上の権利侵害を理由とした利用差止めや損害賠償請求の対象とはならない、という点です。
著作物性がないAI生成コンテンツを利用する際の実務上の注意点
AI生成コンテンツが著作物ではないため自由に利用できるとしても、ビジネスで利用する際にはいくつかの注意点があります。
1. ソースと著作物性の判断の確認
まず、利用しようとしているAI生成コンテンツが、本当に著作物性がないと判断されるものなのかを慎重に確認する必要があります。前述のように、人間の創作的な寄与の度合いによっては、著作物と認められる可能性もあります。利用するAIツールやプラットフォームの利用規約、およびコンテンツが生成された際のプロセス(プロンプトの具体性、人間の修正・加筆の有無など)を十分に確認し、著作物性がないと判断できる根拠を持つことが重要です。曖昧な場合は、著作物である可能性を考慮して慎重に対応するか、専門家に相談することを推奨します。
2. 既存著作物との類似性リスク
著作物性がないAI生成コンテンツであっても、その内容が偶然または学習データの偏りによって既存の著作物に酷似している場合があります。著作権侵害は著作物の「複製」や「翻案」といった行為によって成立しますが、著作物性がないコンテンツの場合は著作権侵害は問題となりません。しかし、既存著作物への「類似」が度を超えている場合、著作権侵害とは別の法的な問題(例:不法行為責任)が発生する可能性がないとは言えません。また、倫理的な問題や、第三者からの非難を招くリスクも存在します。利用前に可能な範囲で類似性の確認を行うことが望ましいです。
3. 倫理的な配慮と出典表示
著作物性がないからといって、無条件に利用してよいというわけではありません。特に、AI生成コンテンツであることを伏せてあたかも人間が作成したかのように見せかけたり、意図的に誤情報や不適切なコンテンツを生成・拡散したりする行為は、法的な問題(例:景品表示法、名誉毀損など)や、社会的な信頼失墜につながる可能性があります。
現時点の日本法において、AI生成物であることの表示義務は原則としてありません。しかし、利用規約で定められている場合や、誤認防止のために自主的に表示を行うことは、透明性を高め、読者やユーザーとの信頼関係を築く上で有益です。出典として使用したAIツール名やバージョン、生成に用いた主なプロンプトなどを記載することも検討できます。
4. プラットフォームやサービスの規約
AI生成コンテンツを特定のプラットフォーム(SNS、コンテンツ投稿サイトなど)で公開したり、特定のサービス(クラウドソーシングなど)を通じて提供したりする場合、そのプラットフォームやサービス独自の利用規約が存在します。これらの規約で、AI生成コンテンツの取り扱い、著作権、表示義務、利用制限などが定められている場合があります。著作物性がないコンテンツであっても、プラットフォームの規約違反となる可能性は十分にありますので、必ず事前に確認し、遵守する必要があります。
5. 記録の保持とリスク管理
自社でAI生成コンテンツを利用・公開する場合、いつ、どのようなツールで、どのようなプロンプトや設定を用いて、どのようなコンテンツを生成したのか、そして人間の手がどの程度加わったのか、といった記録を保持しておくことが、後々のトラブル発生時に著作物性の有無を判断する上で役立ちます。また、利用するAIツールの利用規約の変更にも注意を払い、定期的に確認する体制を構築することも、リスク管理の一環として重要です。
自社が著作物性のないAI生成コンテンツを公開する場合
自社が生成したコンテンツが、人間の創作的な寄与が乏しいため著作物ではないと判断される場合、それを公開・配布する際の注意点もあります。
意図しない権利主張を行わないよう、コンテンツ自体や付随する情報において、著作権表示(©マークなど)を付さない、あるいは著作物性がない旨を明記するなどの対応を検討できます。これにより、第三者がそのコンテンツを自由に利用しやすい環境を提供できます。ただし、著作物ではないことを明記する義務があるわけではありません。
また、自社サイトの利用規約などで、AI生成コンテンツの取り扱いについて明確に定めておくことも有効です。例えば、サイト上のAI生成コンテンツは著作物ではないため自由に利用できること、ただし悪用や誤解を招くような利用は禁止すること、などを定めることが考えられます。
まとめ
AI生成コンテンツの著作権を巡る議論はまだ途上にあり、特に人間の創作的寄与が乏しいと判断されるケースでは、著作物性が認められない可能性があります。このような著作物性がないAI生成コンテンツは、著作権法による保護の対象外であり、誰でも自由に利用できるという点ではパブリックドメインと類似した状態にあります。
しかし、自由に利用できるからといって無条件に利用して良いわけではなく、既存著作物との類似性リスク、倫理的な配慮、利用するプラットフォームの規約遵守など、実務上注意すべき点が多々存在します。また、自社でこのようなコンテンツを公開する場合にも、意図しない権利主張を避け、利用規約などで取り扱いを明確にすることが望ましいでしょう。
AI生成コンテンツをビジネスで安全かつ効果的に活用するためには、常に最新の法的な動向に注意を払い、利用するAIツールの規約を理解し、著作物性の判断基準に対する一般的な解釈を踏まえ、慎重に対応することが求められます。不明な点や具体的なケースについては、知的財産法に詳しい弁護士などの専門家に相談することを推奨します。