国境を越えるAI生成コンテンツの著作権:国際的な利用と保護の注意点
はじめに:AI生成コンテンツの国際的な広がりと著作権の課題
AI技術の進化に伴い、画像、文章、音楽、動画など多様なAI生成コンテンツが世界中で制作・利用されるようになっています。多くのAIツールが国境を越えて利用可能であるため、制作されたコンテンツも容易に国際的に流通します。このような状況において、AI生成コンテンツの著作権をどのように保護し、また他者の権利を侵害しないように利用するかという課題は、国内だけでなく国際的な視点でも考える必要があります。
コンテンツ制作に携わる皆様にとって、自社やクライアントのAI生成コンテンツが海外でどのように扱われるのか、あるいは海外のAIツールを利用する際にどのような著作権上のリスクがあるのかといった点は、重要な関心事でしょう。本稿では、AI生成コンテンツの国際的な著作権に関する基本的な考え方、注意すべき点、そして侵害への対応について解説します。
国際的な著作権保護の基本原則:ベルヌ条約を中心に
著作権は、原則としてそのコンテンツが制作された国や、権利を行使しようとする国の法律に基づいて保護されます。しかし、グローバルなコンテンツ流通に対応するため、国際的な著作権保護の枠組みが存在します。最も重要なのは「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」です。日本を含む多くの国がこの条約に加盟しています。
ベルヌ条約の主な原則は以下の通りです。
- 内国民待遇の原則: 加盟国は、他の加盟国の国民の著作物に対し、自国民の著作物と同等の保護を与えなければなりません。
- 無方式主義: 著作権の発生や行使に、登録や権利表示といった特別な手続きを必要としません。
- 保護期間: 原則として著作者の死後50年(多くの国で70年以上に延長されています)とされています。
この条約により、例えば日本で制作された著作物(AI生成コンテンツに著作物性が認められる場合)は、ベルヌ条約加盟国であれば特別な手続きなしに保護を受けることができます。これはAI生成コンテンツにも基本的に適用されると考えられます。
AI生成コンテンツにおける著作物性の国際比較と論点
AI生成コンテンツに著作権が発生するかどうか、すなわち「著作物性」が認められるかどうかの判断は、各国の著作権法によって異なり、国際的に統一された見解はまだ確立されていません。
例えば、日本では、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されており、過去の裁判例等では「人の創作的寄与」が重要視されています。AIが自律的に生成したコンテンツについては、現時点では「人の思想又は感情が創作的に表現されたもの」とは認められにくいという解釈が一般的です。一方で、人間が具体的な意図をもってAIを操作したり、生成されたコンテンツに大幅な加筆修正を加えたりした場合には、その人間の創作的寄与に基づき著作物性が認められる可能性があります。
対照的に、一部の国では、AIを「著作者」と認めるか、あるいはAI開発者や利用者を「著作者」とみなすかなど、異なる議論や法改正の動きが見られます。例えば、イギリスでは、コンピュータによって生成された著作物について、著作者を「その著作物の創作に必要な行為を行うためにその著作物が生み出された主体」とする法規定があり、これはAI生成コンテンツにも適用されうると解釈されています。
このように、AI生成コンテンツの著作物性に関する判断基準や解釈が国によって異なるため、国際的な利用や侵害が発生した場合、どの国の法律が適用されるかによって、権利の有無や範囲が変わってくる可能性があります。これは国際的なAI著作権問題を複雑にする要因の一つです。
海外AIツールの利用規約と著作権の準拠法
多くのAIツールは海外企業によって提供されています。これらのツールを利用してコンテンツを制作する際には、必ずそのツールの利用規約(Terms of Service)を確認することが極めて重要です。
利用規約には、生成されたコンテンツの著作権が誰に帰属するのか(利用者、提供者、あるいは共有か)、商用利用の可否、利用範囲などが記載されています。これらの規約は、提供者の本拠地やサービス利用者の居住地などに応じて、特定の国の法律(「準拠法」といいます)に基づいて解釈・適用されることが一般的です。
例えば、アメリカの企業のAIツールを利用した場合、利用規約はアメリカの法律に準拠すると定められていることがあります。この場合、生成されたコンテンツの著作権帰属や利用条件は、アメリカの著作権法や関連法規、そして利用規約に基づいて判断されることになります。前述の通り、アメリカにおけるAI生成コンテンツの著作権判断は、日本の解釈と異なる可能性があり、利用者が意図しない結果となるリスクも考えられます。
利用規約を確認する際は、以下の点に特に注意してください。
- 著作権の帰属: 生成物の著作権は利用者にあるか、提供者にあるか、共有か。
- 商用利用: 生成物を商用目的で利用できるか。利用できる場合の条件は何か。
- 二次利用・改変: 生成物を改変したり、他のコンテンツと組み合わせたりできるか。
- 準拠法: 利用規約や紛争解決に適用される法律はどこの国のものか。
- 保証・免責: 提供者による権利侵害の保証の有無や、利用者の責任範囲。
利用規約は頻繁に更新される可能性もあるため、利用開始時だけでなく、定期的に確認することが望ましいです。内容が不明な場合や、国際的な利用を想定する場合は、法律の専門家(国際取引や著作権に詳しい弁護士等)に相談することを検討してください。
自社AI生成コンテンツを海外に展開する際の注意点
自社で制作したAI生成コンテンツ(人間の創作的寄与により著作物性が認められる場合など)を海外に展開したり、海外の企業や個人に利用させたりする際には、いくつかの注意点があります。
- 展開先の国の著作権法を確認する: コンテンツを展開する国での著作権保護の範囲や手続き(必要な場合)を確認します。ベルヌ条約加盟国であれば内国民待遇が適用されますが、国によって保護期間や権利の範囲、フェアユース(公正利用)などの例外規定が異なる場合があります。
- 契約における準拠法と紛争解決条項: 海外の取引先とAI生成コンテンツの利用許諾契約や譲渡契約を締結する場合、契約書の準拠法をどの国の法律にするか、紛争が発生した場合の管轄裁判所や仲裁機関をどこにするかを明確に定めます。自社に有利な(または慣れている)国の法律を選択することが一般的ですが、相手方との交渉によります。
- 著作権表示: 無方式主義の国がほとんどですが、万全を期すため、「© [年] [権利者の氏名または名称]」といった著作権表示をコンテンツに付すことも有効です。特にアメリカなどでは、権利侵害訴訟において権利者の権利を主張しやすくなる場合があります。
- 侵害の可能性を考慮した管理: 海外での侵害が発生した場合に備え、コンテンツの生成・利用履歴を記録したり、定期的な監視(侵害チェック)を行ったりすることも検討します。
海外からの著作権侵害への対応:権利行使の壁
自社のAI生成コンテンツが海外で無断で利用されるなど、著作権侵害が発生した場合の対応は、国内での侵害対応と比較してさらに複雑で困難を伴うことが多いです。
- 侵害事実の確認と証拠収集: 侵害が発生しているプラットフォームやウェブサイト、利用形態などを特定し、証拠を収集します。スクリーンショット、ウェブページのアーカイブ、利用されているコンテンツのコピーなどが証拠となり得ます。
- 侵害停止の要求(警告状): 侵害を行った者に対し、侵害行為の停止やコンテンツの削除などを求める警告状を送付することが一般的な第一歩です。警告状は、相手方の国の言語や法制度を考慮して作成する必要があります。
- プラットフォームへの通知: 侵害が行われているオンラインプラットフォーム(SNS、マーケットプレイス、動画共有サイトなど)の多くは、著作権侵害に関する報告窓口を設けています。プラットフォームのポリシーに従って侵害を通知し、コンテンツの削除を求めることができます。ただし、プラットフォームの対応は迅速でない場合や、報告が受理されない場合もあります。
- 法的手段の検討: 警告やプラットフォームへの通知で解決しない場合、侵害が行われている国の裁判所に差止請求や損害賠償請求訴訟を提起することを検討します。しかし、相手方の特定、訴訟手続き、現地の法律や言語の壁、そして訴訟費用など、様々なハードルがあります。
- 専門家への相談: 国際的な著作権侵害に対応するには、国際法務や現地の著作権法に詳しい弁護士、または国際的なネットワークを持つ法律事務所との連携が不可欠です。どの国で、どのような法的手続きが可能か、費用はどのくらいかかるかなど、具体的なアドバイスを受ける必要があります。
侵害の発見から対応まで、時間、コスト、労力がかかることを理解しておくことが重要です。特に個人や中小企業にとっては、国際的な法的対応は大きな負担となる可能性があります。
国際的なAI著作権問題を巡る今後の展望
AI生成コンテンツの著作権に関する国際的な議論は現在も活発に行われています。各国での法解釈や法改正の動向、国際機関(WIPOなど)での議論、そして主要なAIツール提供企業のポリシー変更などが、今後の国際的な著作権のあり方に影響を与える可能性があります。
例えば、AI学習における著作物の利用に関する国際的なルールの整備や、AI生成物に対する新たな権利の創設、あるいは技術的な保護手段(電子透かしなど)の進展などが考えられます。これらの動向を注視し、必要に応じて自社のAI利用ポリシーや契約内容をアップデートしていく柔軟性が求められます。
まとめ:国際的な視点でのリスク管理と専門家との連携
AI技術の国際的な普及により、AI生成コンテンツの著作権は国内問題にとどまらず、国際的な視点での検討が不可欠となっています。
国際的な著作権保護の基本的な枠組みは存在しますが、AI生成コンテンツの著作物性の判断基準は国によって異なり、海外AIツールの利用規約や準拠法によって権利の帰属や利用条件が左右されます。自社のAI生成コンテンツを海外に展開する際にも、展開先の法制度や契約上の注意が必要です。
万が一、海外で著作権侵害が発生した場合には、対応には多くの困難が伴います。まずは侵害事実の確認と証拠収集を行い、警告状やプラットフォームへの通知を試みますが、解決しない場合は現地の法制度に詳しい専門家(弁護士等)に相談することが不可欠です。
国際的なAI著作権問題を巡る状況は今後も変化していくと予想されます。常に最新の情報に留意し、国際的な視点でのリスク管理体制を構築するとともに、必要に応じて専門家との連携を図ることが、コンテンツ制作事業をグローバルに展開していく上で重要となります。