自社AI生成コンテンツが著作権侵害の可能性を指摘されたら:初動対応と法的検討
意図せぬ著作権侵害リスクと指摘を受けた際の重要性
AI技術の急速な発展により、コンテンツ制作の現場ではAIツールの活用が一般化しています。画像、文章、音楽、動画など、多様なコンテンツがAIによって、あるいはAIと人間との共同作業によって生み出されています。その一方で、AI生成コンテンツが既存の著作物に類似し、意図せず他者の著作権を侵害してしまうリスクも指摘されています。
特に小規模なコンテンツ制作会社にとって、自社が制作し納品した、または公開したAI生成コンテンツが他者から著作権侵害の可能性を指摘される事態は、ビジネス上の大きな危機となり得ます。クライアントからの信頼失墜、損害賠償請求、ブランドイメージの低下など、様々な影響が考えられます。
このような事態に直面した場合、パニックにならず、冷静かつ適切に対応することが極めて重要です。初動対応を誤ると、事態がさらに悪化する可能性もあります。本記事では、自社が制作したAI生成コンテンツについて著作権侵害の可能性を指摘された際の初動対応、法的な検討のポイント、外部専門家との連携、そして権利者とのコミュニケーションについて、実践的な観点から解説します。
著作権侵害の可能性を指摘された際の初動
著作権侵害の可能性を指摘する通知や連絡を受けた場合、まず最も重要なのは冷静さを保つことです。感情的な反応や、事実確認を怠った安易な謝罪や否定は避けるべきです。以下のステップで初動対応を進めることが推奨されます。
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指摘内容の正確な把握:
- 誰から指摘を受けたのか(個人、企業、団体、その代理人など)
- どのコンテンツのどの部分が侵害に当たると主張されているのか
- 侵害されたと主張されている元の著作物は何か
- どのような対応を求められているのか(使用停止、削除、謝罪、損害賠償、ライセンス契約締結など)
- 指摘の根拠(具体的な類似箇所の提示など) これらの情報を書面(メールや内容証明郵便など)で受け取るように求め、記録に残すことが不可欠です。口頭でのやり取りは誤解を生む可能性があるため、可能な限り避けるか、会話内容を詳細に記録してください。
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関係部署・担当者への連携:
- 社内でAI生成コンテンツの制作に関わった担当者、プロジェクト責任者、法務担当部署(あれば)などに速やかに情報を共有します。
- クライアントワークであれば、クライアントへの情報共有も検討する必要があります。契約内容によっては、こういった事態発生時の報告義務が定められている場合があります。ただし、事実関係が不明確な段階での軽率な報告は、不要な混乱を招く可能性もあるため、社内での一次調査を終えてから、報告範囲や内容を慎重に判断することが望ましいです。
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該当コンテンツと関連情報の保全:
- 指摘の対象となったAI生成コンテンツの全てのバージョン、制作過程で使用したプロンプト、パラメータ設定、使用した参照データや素材などを保全します。
- AIツールやサービスの利用規約も確認し、保全します。
- 制作の経緯や意思決定プロセスに関する記録(議事録、メール、チャット履歴など)も重要になる可能性があります。 これらの情報は、後の事実確認や法的な検討、専門家への相談、そして権利者との交渉において極めて重要な証拠となります。
事実関係の正確な確認
指摘内容と自社の制作プロセスに関する情報を突き合わせ、事実関係を正確に把握する作業を行います。
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指摘された元の著作物との比較:
- 指摘された元の著作物を入手し、自社のAI生成コンテンツと具体的に比較します。
- 主張されている類似箇所が実際に存在するか、その類似性の程度はどのくらいかを確認します。
- 単なるアイデアやテーマの類似か、それとも表現そのものの類似かを見極める視点が重要です。
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自社コンテンツの制作プロセスの確認:
- どのようにして該当のAI生成コンテンツが制作されたかを詳細に確認します。
- どのようなAIツールを利用したか、その際のプロンプトはどのようなものだったか。
- 特定の参照データや既存の著作物(画像、文章など)をインプットとして利用したか。利用した場合、それはどのようなものか、利用規約上の問題はないか。
- 制作過程で人間がどの程度、どのような creative な指示や修正を加えたか(「人間の創作的寄与」の確認)。
- 複数のAIツールや素材を組み合わせて制作したか。 これらのプロセスは、後述する著作権侵害の成立要件である「依拠性」や、AI生成コンテンツの「著作物性」を判断する上で不可欠な情報です。
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AIツール・サービスの利用規約の確認:
- 使用したAIツールやサービスの利用規約、ガイドラインを再度確認します。
- 生成物の著作権帰属に関する規定、禁止事項(第三者の著作権侵害など)、免責事項などが記載されています。
- これらの規約違反がないかも併せて確認します。
法的な検討:侵害成立要件とAI生成コンテンツの評価
著作権侵害が成立するかどうかは、法的な観点からの評価が必要です。主に以下の点が検討されます。
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著作権侵害の一般的な成立要件:
- 依拠性: 自社のコンテンツが、権利者の著作物を知っていて、それを基礎として作成されたものであること。AI生成コンテンツの場合、AIが学習データとして侵害対象の著作物を取り込んでいることなどが依拠性に関連して議論される可能性があります。しかし、一般的には、人間が元の著作物を認識した上で、それを模倣する意図を持ってAIに指示を与えたようなケースで問題となります。単にAIが学習データに基づき偶然類似するものを生成しただけでは、人間の創作活動における依拠性は認められない可能性が高いですが、この点については議論があります。
- 類似性: 自社のコンテンツと権利者の著作物との間に、創作的な表現部分において本質的な類似性があること。単なるアイデアや事実、ありふれた表現の類似では著作権侵害は成立しません。どの程度似ていれば「類似」と判断されるかは、コンテンツの種類(画像、文章など)や裁判例によって異なり、専門的な判断が必要です。
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AI生成コンテンツにおける「著作物性」と「人間の寄与」:
- 自社のAI生成コンテンツ自体が、著作権法上の「著作物」と認められるかどうかも、侵害の成否に影響を与える可能性があります。日本の著作権法では、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」であり、「人の思想又は感情」であることが要件と解釈されています。AIが自律的に生成したものは、現時点では原則として著作物とは認められにくいと考えられています。
- しかし、人間がAIに対して creative な指示(プロンプト)を与えたり、生成されたコンテンツに対して選択、修正、加筆などの創作的な加工を行ったりした場合は、その人間の寄与部分が著作物と認められる可能性があります。侵害が問題となるのは、この「人間の創作的寄与」を含む部分が、他者の著作権を侵害しているケースです。
- 自社の制作プロセスにおいて、人間がどの程度 creative な関与を行ったかを正確に評価することが、法的なリスク判断のために重要です。
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権利制限規定の適用可能性:
- 著作権法には、特定の条件下であれば著作権者の許諾なく著作物を利用できる「権利制限規定」があります(例:引用、非営利目的での利用、教育目的での利用など)。自社のコンテンツの利用方法がこれらの規定に該当しないか検討します。ただし、商業目的での利用が一般的な制作会社の場合、権利制限規定が適用されるケースは限定的かもしれません。
- 特に、著作権法第30条の4は、AIの学習など情報解析のための著作物利用に関する権利制限規定ですが、これはあくまで「利用」の段階での話であり、生成物が既存著作物に類似した場合の侵害とは別の論点です。
これらの法的な検討は専門知識を要するため、自社だけで判断せず、後述する外部専門家への相談を強く推奨します。
外部専門家への相談
著作権侵害の可能性を指摘されたら、初期の事実確認と並行して、速やかに著作権法に詳しい弁護士などの専門家に相談することを強く推奨します。
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早期相談のメリット:
- 事態の深刻度を客観的に判断してもらえる。
- 法的な観点から、自社のコンテンツに侵害のおそれがあるかを専門的に評価してもらえる。
- 権利者への対応方法や、取るべき法的なステップについて具体的なアドバイスが得られる。
- 安易な対応による不利な状況を防ぐことができる。
- 交渉や訴訟に発展した場合の代理を依頼できる。
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相談時に準備すべき情報:
- 指摘を受けた通知や連絡の内容(書面、メールなど)
- 権利者側の主張の根拠となる情報(元の著作物、類似箇所の提示など)
- 自社のAI生成コンテンツの該当部分
- 自社コンテンツの制作プロセスに関する記録(プロンプト、使用ツール、参照データ、人間の関与内容、制作時期など)
- 使用したAIツールや素材の利用規約
- クライアントとの契約書(クライアントワークの場合)
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専門家の選び方:
- 著作権法、特にデジタルコンテンツやIT関連の著作権問題に詳しい弁護士を選びます。
- AI生成コンテンツ特有の法的論点についても知見があるかを確認するとより良いでしょう。
- 複数の専門家に相談し、信頼できると感じた専門家に依頼を検討します。
権利者とのコミュニケーションと対応方針の決定
法的な検討や専門家からのアドバイスを踏まえ、権利者への対応方針を決定し、コミュニケーションを行います。
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対応方針の策定:
- 自社のコンテンツに著作権侵害のおそれがある可能性が高いのか、低いのか。
- 権利者の主張に正当性があるか。
- 権利者の要求(使用停止、削除、損害賠償など)は妥当か。
- 想定される法的なリスク(訴訟になった場合の見通し、費用など)。 これらの要素を総合的に考慮し、権利者の主張を認めるか、争うか、和解を目指すかなど、基本的な方針を決定します。この際、ビジネスへの影響(クライアントや社会からの信頼、費用、時間など)も十分に考慮する必要があります。
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権利者との交渉:
- 決定した方針に基づき、権利者またはその代理人とコミュニケーションを取ります。
- 対応窓口は、専門家である弁護士に一任するのが最も安全かつ効果的です。弁護士が間に入ることで、法的な論点を整理し、冷静な交渉を進めることができます。
- 交渉では、事実確認や法的な評価の結果に基づき、自社の立場を明確に伝えます。
- 仮に侵害の可能性がある場合でも、安易に全ての主張を認めるのではなく、責任範囲や損害額について交渉を行います。ライセンス契約による解決や、将来的な関係構築なども選択肢となり得ます。
- 交渉過程は全て記録に残すようにしてください。
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対応の実行:
- 交渉の結果、合意に至った場合は、合意内容に基づいた対応(コンテンツの削除・修正、損害賠償金の支払い、ライセンス契約の締結など)を速やかに実行します。
- 合意に至らない場合は、訴訟など次のステップに進む可能性も考慮し、専門家と連携して対応を進めます。
再発防止策の構築
今回の経験を教訓として、今後同様の事態を防ぐための再発防止策を講じることが重要です。
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制作プロセスにおける著作権チェックの強化:
- AI生成コンテンツの制作指示を出す際、特定の既存著作物への安易な依拠や模倣を避けるよう、制作チーム内で意識を共有します。
- 生成されたコンテンツについて、公開・納品前に既存著作物との類似性がないかを確認するプロセスを設けることを検討します(技術的な類似性チェックツールの利用なども含め)。
- 特に、参考資料として既存コンテンツを参照する場合の取り扱いルールを明確にします。
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AIツール・サービス利用規約の確認フロー整備:
- 新たにAIツールやサービスを導入する際に、著作権に関する条項(生成物の権利帰属、禁止事項、免責事項など)を必ず確認し、記録するフローを定めます。
- 規約変更がないか定期的に確認する体制を構築します。
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プロンプト管理と生成過程の記録方法の改善:
- どのようなプロンプトを用いて、どのような設定でAI生成コンテンツを制作したかを具体的に記録に残す仕組みを強化します。
- 人間の creative な指示や修正の内容も明確に記録します。
- 使用した参照データや素材も併せて記録します。 これらの記録は、万が一再び指摘を受けた際に、自社の制作プロセスを説明し、依拠性がないことや人間の寄与があったことを証明する上で役立ちます。
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社内教育の実施:
- AI生成コンテンツと著作権に関する基本的な知識、意図せぬ侵害リスク、そして本記事で解説したような指摘を受けた際の対応手順について、制作に関わる全てのメンバーへの教育を実施します。
- 著作権侵害は意図せず発生しうるものであり、その法的リスクとビジネスへの影響を理解してもらうことが重要です。
まとめ
AI生成コンテンツの活用はビジネスにおいて不可欠なものとなりつつありますが、それに伴う著作権リスク、特に意図せぬ侵害リスクへの備えは欠かせません。自社が制作したAI生成コンテンツについて著作権侵害の可能性を指摘された場合、冷静に初動対応を行い、事実関係を正確に確認し、法的な観点から状況を評価することが重要です。
このプロセスにおいて、著作権法に関する専門知識は不可欠であり、早期に著作権に詳しい弁護士に相談することが、適切な対応を行い、リスクを最小限に抑えるための鍵となります。そして、今回の経験を活かし、再発防止策を徹底することで、今後のAI活用をより安全かつ持続可能なものとしていくことができます。AI生成コンテンツを巡る著作権に関する法的議論は発展途上にありますが、現時点での一般的な解釈や動向を踏まえ、常に最新の情報を確認しつつ、適切なリスク管理を心がけることが、コンテンツ制作会社にとって極めて重要であると言えるでしょう。